豊臣秀吉の三面大黒天を祀る「圓徳院」!
北政所ねねが秀吉を弔うために建立した圓徳院北政所ねねは、慶長8(1603)年「高台院」の号を勅賜されたことを機に、夫である秀吉を祀るために高台寺建立を発願。慶長10(1605)年、伏見城の化粧御殿とその前庭を現在の下河原町に移築して移り住み、その際、秀吉の念持仏であった“三面大黒天”もお堂に祀ったとされます。ねねは77歳で亡くなるまでの19年間この地で余生を送り、その間、兄の木下家定とその次男の利房がねねを支えました。利房は、ねね没後9年目の寛永9(1632)年、高台寺の三江和尚を開基とし、木下家の菩提を弔うために居館を改め圓徳院としました。これが今日まで続く高台寺の塔頭 圓徳院の起こりなのです。
三面大黒天はお顔が良い・・・
鷲峰山高台寺 圓徳院住職 後藤正晃師より圓徳院でお祀りする三面大黒天様のお像は、金箔の跡が一部見られるものの、全体が黒色をされていらっしゃいます。寺内には「秀吉公が護持された」という言葉が残っており、肌身離さず常に持たれていた、つまり触れて撫でてしている間に、金箔が剥がれて黒色が見えるようになっていったのではないかと、考えられています。
三面大黒天様は、大黒天様の財、弁財天様の女性・学問・芸術、毘沙門天様の戦・子宝・縁結び、そして秀吉公にあやかって出世にご利益があるといわれています。
ただ、何よりこの仏様のすばらしいところは三つの「お顔」です。
大黒天様は、「この方に仕事をお任せすれば間違いない」
弁財天様は、「この方は女性的な慈愛と知恵を持つ」
毘沙門天様は「この方の後ろにいれば、魔から自分を守ってくれる」
そういった安心を感じさせるお顔です。
秀吉公がこのお顔を常に見られ拝まれることで、仏様のお顔に似ていき、周りの方々から慕われたともいえると思います。
お祀りいただく方々には、「お顔のご利益」を得ていただき、幸多い人生になることを祈願いたしております。